一冊入魂の思いで本を届ける「ミシマ社」三島邦弘さん
久しぶりの京都書店めぐり企画。
今回は京都と東京に拠点を構える出版社、ミシマ社さんです。
「ミシマ社の本、読んだことある!」って人もいるのではないのでしょうか。
ミシマ社は「原点回帰の出版社」という理念のもと、「一冊入魂」の出版活動をおこなう出版社です。
また、「ミシマ社の本屋さん」として京都に場所を設け、毎週金曜日に本屋さんを開かれています。
ミシマ社の本はとても丁寧につくられていて内容も面白く、私は以前からミシマ社の本のファンでした。
また、以前インタビューさせていただいたレティシア書房の店主・小西さんに、ミシマ社を取材先として強くオススメされたことがきっかけとなり、この度インタビューをさせていただくことに決まりました。
神宮丸太町を南東の方角に少し下がったところ、砂利道の先のやや奥まった場所にミシマ社京都オフィス、そしてミシマ社の本屋さんがあります。
今回はこのミシマ社の本屋さんに伺い、ミシマ社代表の三島邦弘さんにお話を伺いました。
──本日は取材をお受けいただき、ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
三島:よろしくお願いします。
★三島邦弘(みしま くにひろ)さん
1975年京都生まれ。
出版社2社を経て、2006年10月、「原点回帰の出版社」を掲げ、ミシマ社を単身設立。
2011年4月より、京都オフィスをたちあげ、2拠点で「一冊入魂」の出版活動をおこなっている。
著書に『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)がある。
「一冊入魂」「全員全チーム」で本を届ける
──まず初めに、なぜミシマ社を立ち上げようと思ったのですか?
三島:最近思うんですけど、なぜってあんまりないと思うんですよね。
「なぜつくったか」というより、「つくったということ」しかなくて。
なぜっていうそこに至るまでの明快な理由っていうのは、あらゆる行動にないのではないかなと思います。
──なるほど・・・。
それでは、学生のころから本を読むのは好きだったんですか?
三島:本は子どものころから好きでした。
自分にとって本は特別なものだったと思うんですけども、それを職業にしたいと思ったことはあんまりなかったですね。
ただ就活のタイミングで、長く時間を過ごすことになる「働く」という対象が自分にとって心地いいものかって考えたら、やっぱり本の世界かなと思ったんです。
ものづくりに関わりたいとも思っていたので、出版社に入ってから編集部に配属になったのは僕にとってラッキーなことでした。
──三島さんは出版社に2社勤められたあと、「原点回帰の出版社」を掲げ、ミシマ社を立ち上げられました。
ミシマ社は本を出荷する際に直接本屋さんとやりとりをする「直接取引」という仕組みを採用されています。
この取引方法を取り入れた理由は何かありますか?
三島:僕が出版社をつくって、自社営業をやろうって思ったときに一番腑に落ちたのが、トランスビューという会社が以前からやっていた直取引というやり方だったんです。
直取引のほかに一般的な本の流通の仕組みとして、取り次ぎを介す方法があります。
取り次ぎを介す方法は大手出版社を中心につくられました。
この方法は全国津々浦々、同じ定価で同じ販売日に本を出すという効率的な流通の仕組みでした。
それが機能していた時代もあったと思うんですが、高度経済成長が終わるころには、全国に届けるメリットよりもむしろデメリットのほうが増えていました。
その最大のデメリットっていうのは、返品が起きやすいってことです。
本を出荷しやすい分、戻ってもきやすい。
本屋さんの意思が介在しない本だって、取り次ぎから送られてきたら店頭に置かれます。
この取り次ぎを介す方法は、僕らがやろうとしている小回りのきく出版社にはあんまり合うシステムじゃないなと思いました。
どうしようかなと思っていたときに、トランスビューがやっている直取引という方法を知りました。
直取引は手間はかかるけども、本屋さんと出版社、双方の意思があって店頭に本が置かれます。
本が本屋に置かれるっていう状態は変わらないんやけど、そこに至るプロセスが違うと、その届き方まで変わってくるんじゃないかなと思ったのが、直取引を採用した一番大きい理由ですね。
それは僕が当初から掲げている「一冊入魂」という言葉にも当てはまります。
──少数メンバーでミシマ社さんを運営されている理由はありますか?
三島:一冊をしっかり届け続けるってなったらある程度の人数が必要です。
でも、大人数が必要かっていったら、そうでもありません。
出版は、著者や編集者、営業やデザイナーさんがいてくれたら本ができてしまうくらいの規模なんですね。
そう考えると、ミシマ社も4、5人くらいが適正な感じかなと思いました。
今うちに10人近くいるのは京都と東京の2拠点でやってるからですね。
──販売促進の企画は営業のかたがすべて行っているのですか?
三島:うちは「全員全チーム」とうたっているんですね。
営業も編集の仕事をやるし、編集も営業の仕事をやる。
ウェブマガジン「みんなのミシマガジン」もやっています。
そこでは営業メンバーも依頼をしたり、記事をつくったりしています。
そういう意味では営業も編集業務的なものに関わっていますね。
また編集メンバーも営業をしますが、メインはやはり営業メンバーです。
彼らがいろいろなアイディアを出しながら、本の届け方を話し合って決めています。
応援してくださる方々の期待に応えるには、いい出版活動をすること
──「みんなのミシマガジン」のお話がでました。
こちらは、サポーター制で読者からお金をもらって運営されている点が特徴的ですが、どうしてサポーター制にされているのでしょうか?
また、このウェブマガジンの効果はどのようなものがありますか?
三島:「みんなのミシマガジン」はネットとはいえ、運営コストや原稿を書いてくださるかたへの執筆料もかかっています。
「みんなのミシマガジン」はサポーターのかたに頂いたお金で運営しており、逆にそれがなかったら成り立たないようなかたちに今はなっています。
「交換経済」では、お金を払ってモノを交換することが前提になってると思います。
でも「みんなのミシマガジン」はそういうお金を払ってもらって何かサービスを提供するというカタチじゃないんです。
「みんなのミシマガジン」では、純粋に試みを応援したいという方々から頂いた贈与で成り立つ仕組み、「贈与経済」の活動を目指してサポーター制による運営をしています。
「みんなのミシマガジン」はサポーターの方々にはお礼として「紙版」を送らせてもらっています。
けど、それは「紙版」を買ってもらってるということでもなくて。
贈与に対する返礼というかたちでやっているんです。
贈与をしてくださっているかたへの責任は非常に大きいなと思っています。
応援してくださる方々の期待に応えるってなったら、僕らはいい出版活動をするしかないんじゃないかなって思っていて。
「みんなのミシマガジン」で4年間連載したものをまとめた『今日の人生』という本が今年の4月に出ました。
この造本も、紙っていう媒体でしかできない工夫を凝らした試みをいっぱいやったんです。
これも紙版「みんなのミシマガジン」を制作するなかで、僕たちの経験になっていったものが実際に今回の本づくりでも役に立ったかなと思っていますね。
土地の影響を自然に受ける
──ミシマ社さんは出版社ですが、「ミシマ社の本屋さん」として本屋さんも毎週金曜日に開かれています。
このミシマ社の本屋さんを始められた理由は何ですか?
三島:理由はさっき言ったように、ないんですけど。
流れとしては、城陽市に僕らが震災後オフィスをつくりました。
それから、地域の人たちに自社の本を読んでもらいたいと思ったんです。
じゃあいっそ本屋をやってしまおうかということで、自社の本や、小さな出版社を中心に仕入れた本を置いて本屋が始まりました。
ただ僕らは本屋さんじゃなくてあくまで出版社です。
京都市内のほうが出版活動をやりやすいので、京都市内にオフィスを移しました。
そのとき城陽の本屋は閉じていたので、もう1回やろうということで本屋さんも始めたかたちですね。
──ミシマ社の本屋さんは、コタツのある店内が独特ですね。
家のなかに本屋があるという感じが印象的です。
三島:京都市内のオフィスも、東京の自由が丘のオフィスも一軒家ですし、どっちも古民家を借りてやってるっていうのは何となく僕の好みなんだろうなと思いますけど(笑)
昔の家っていうのはゆったり作られています。
古民家は暑さや寒さに非常に弱いんですけど、裏を返せば風通しがよいと言えなくもない(笑)
ここでは、日常の延長線上に働くという行為があります。
自転車で来てそのまま停めて入っていく、そして靴を脱いで入っていくというのがここのスタイル。
日常と働くという行為の境目をゆるやかにしたいなと思ってこういう場所を選んでるんです。
──京都にオフィスを構えられたのは、東京一極集中だけでなく地方の可能性も考えられたということでしょうか?
三島:まあ、最初はそういう理念があったんですけども。
でも、そういう風に思い込もうとしてたところもあるなと最近思っていて。
とにかく面白いことを実現していくんだって思いが最初からずっと一貫してあることです。
一番重要なのは理念にも掲げた、「面白いことをやる」「面白いを通じて世界に貢献する」っていうことです。
面白いということを実現し続けようと思ったら、土地の影響っていうものも自然に受けると思います。
自分が暮らす空間を変えて、自分の心身を変えてやることで面白いことを継続して生み出していけるんじゃないかなという思いもあって京都にもオフィスを構えました。
届けたいという「思い」が大切
──本が売れない時代だと言われていますが、今後の出版流通の仕組みはどのように変わっていくとお考えになりますか?
三島:つくった本が流通の仕組みに乗ってどんどん売れて出版社や本屋が繁盛して・・・という時期が戦後の高度経済成長期からバブル期にかけてあったと思います。
でも、今はその時代のシステムが稼動しません。
そうなったら、自分たちがもう一度手づくりでいろんなことをやっていくしかないと思います。
自分たちの一冊一冊がいかに届くかっていうのをそれぞれが真剣に考えながら、手づくりでもう一度つくっていくしかないんじゃないかなって思っていて。
その結果として何かの道が見えてくるかもしれないし、やるしかないですよね。
やらないことには何かが見えることもないと思っています。
──いかに人へ届けるかっていうのは重要な点ですね。
自分もライターをやっていますが、読者に届く記事が書けているかという点は難しいなと思います。
三島:難しいよね。
ただ、技術がついてくるのはあとからだと思うんですよ。
最初、技術がないときにできることって「思い」しかないと思うんですね。
自分がこれを面白いって思っている。
だから読んでほしいんだっていうまっすぐなロジックですよね。
そこがちゃんとあるかっていうことに尽きると思います。
プロのライターだったら、会う人が面白い人や会いたい人じゃないケースも出てくると思うんですね。
たとえば依頼されて記事を書く場合とか。
でも、それでも読ませるもの、面白いものをつくらなきゃいけないのがプロなんです。
ただアマチュアのうちは、自分が面白いなと思った人たちに精一杯聞いて、精一杯届けるっていう、そこをとにかくやるだけだろうと思います。
とにかく届けたいっていう思いや、私は面白いと思ってるんです、という思いが大切なんです。
アマチュアのときにしかつくれないことや、蓄積できないものがいっぱいあります。
そこをどれだけ伸ばしておくかっていうのが、実際に働きだしてからの伸びしろに影響していくんじゃないかなと思います。
だから大胆に思いっきりやってほしいなと思います(笑)
本と出版社、本屋と読者のありかたを一つ一つ積み重ねていけたら
──ミシマ社として今後の展望はありますか?
三島:出版社としてこれからやっていかないといけないことの1つは、新しい読者を増やすことです。
「本ってやっぱりいいな」っていう感覚を若い人ともっと共有したいなと思っていて。
うちが出版している本で『THE BOOKS green』というものがあります。
中高生に読んでもらいたい本を全国の書店員さんに選んでもらい、それをまとめた本です。
この『THE BOOKS green』のプロジェクトみたいなものを立ち上げようかなと最近思っています。
例えば、「小中学生がミシマ社の本屋さんに来たら一冊本がタダでもらえます」というような企画です。
誰か大人が本をミシマ社の本屋さんで買ってくれて、「小中学生が店に来たときに渡して」っていう棚をつくろうかなと思っています。
大人が子どもに読んでほしいと思う本を与える、そうすると本屋さんで本が買われ、子どもたちには本がタダで届くという。
そういうのをミシマ社の本屋さんで実験的にできたら、他の本屋さんでもこの仕組みが導入されるようなことにもつながるかもしれません。
ミシマ社の本屋さんの役割はある種、実験場だと思っていて。
本屋さんを日々専門でやっているところがいきなり新しい取り組みを採用することは難しいかもしれません。
でも、僕らはあくまで出版社なので、新しい読者が育ってくれるのを思って本屋さんとしても大胆にできることがあるなと思っています。
「自分たちで手作りで」ってさっき言ったのは、そういうことをやっていきたいってことですね。
自分たちの時代の本と出版社のありかた、本屋と読者とのありかたっていうのを一個一個積み重ねていけたらいいなと思っています。
出版文化の草創期から今に至るまでの過程が浮かび上がる本
──書店をめぐる今回の企画では、いつもインタビューの最後におすすめの本を1冊選んでいただいています。
もしよろしければ、おすすめの本を1冊選んでいただいてもよろしいでしょうか?
できれば、ミシマ社の本だと嬉しいです!(笑)
三島:じゃあ、河野通和著『言葉はこうして生き残った』(ミシマ社)にしようかな。
こちらは、本に関わりたいと思っている人にはぜひ読んでもらいたい本です。
日本の出版文化がどういう風に始まって、どういう風に花開いたか。
かつてどういう編集者や作家がいて、こう続いていくっていう、草創期から今に至るまでの画がすごく浮かび上がってくる本ですね。
著者の河野さんは『考える人』の編集長をこの前までされていて、その前は『中央公論』の編集長をされていたかたなんです。
河野さんは老舗出版社の先輩がたから身に着けた出版文化を、今回の本で僕たち若い世代にパスしてくださいました。
本づくり、本屋さんなど、「本」というものに興味があったり、実際に関わっているような人たちはこの本は避けて通れないと僕は思います。
本当に分かりやすく書かれていて、今の出版文化が成り立つまでを知る上でも最適な本だと思います。
──オススメの本を選んでいただき、ありがとうございます。
今から読むのが楽しみです。
この度は取材をお受けいただき、ありがとうございました。
三島:ありがとうございました。
編集後記
今回お話を伺ったのは、京都と東京に拠点を構える出版社「ミシマ社」の代表・三島邦弘さん。
インタビューでは、出版活動への取り組み方、ミシマ社の本屋さんについて、これからの出版社のありかたなどをお聞きすることができました。
三島さんの言葉からは、「1冊をしっかり届ける」という信念を強く感じ取ることができました。
良い本をつくるということだけではなく、その本をいかに読者に届けるかということを重視されている点がとても印象的でした。
貴重なお話を聞かせてくださり、どうもありがとうございました。
今回オススメいただいた本は、河野通和著『言葉はこうして生き残った』(ミシマ社)です。
この本には、著者・河野さんのメールマガジンの中から精選された37本のコラムがまとめられています。
分厚い本で迫力があり、一瞬たじろいでしまいますが、掲載されている文章は分かりやすく書かれており、スムーズに読み進めることができました。
出版文化がどのように形成されたのか、どのような人々がそこに携わっていたのかなどを知ることができ、とても面白かったです。
★ミシマ社の本屋さん
場所:〒606-8396 京都府京都市左京区下堤町90−1
営業時間:13:00~19:00(毎週金曜日に営業)