京都の名店「三月書房」で聞いた!出版業界の今と昔
京都の書店をめぐる企画、第2弾は三月書房(さんがつしょぼう)というお店にお邪魔しました。
三月書房は寺町通りに店を構え、現在の店主は三代目の宍戸立夫さんが務めておられます。
三月書房は本のセレクトに定評があり、ツウの間では知らない人はいないといわれる京都の名書店です。
店主の確かな目で選ばれた本が棚にずらりと並び、本好きの人々の心を掴んで離しません。
数多ある京都の書店のなかでも高い評判を得ている三月書房にはどのような特徴があるのか、今回のインタビューでお話を伺いました。
またインタビューでは、普段は知ることができないような出版業界の仕組みについても詳しいお話を聞くことができました。
三月書房へ伺うと、店主の宍戸立夫さんが出迎えてくださいました。
──こんにちは。
本日は取材をお受けいただきありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
宍戸:こんにちは。
よろしくお願いします。
★宍戸立夫(ししど・たつお)さん
1949年生まれ。
1970年代半ばからなし崩し的に店の仕事に参加。
今世紀初頭ごろから三代目店主のようなもの。
三月開店の三月書房
──三月書房(さんがつしょぼう)というお店の名前が特徴的だと感じました。
「三日月」でも、「みつき」でもなく、「三月(さんがつ)」という読みですよね。
三月書房という店名になった由来を教えていただけますか?
宍戸:開店時に店名を何も思いつかなかっただけって子どものころに聞きました。
ぎりぎりまで店名が思いつかず、三月開店だったので、家族で相談して三月書房という店名に決めたそうですね。
私は当時1歳だったので、このときの店名決めには参加していませんが。
──宍戸さんが三代目ということですが、先代に比べて変えられた点や工夫されている点があればお聞かせください。
宍戸:代が変わったからごろっと変わるっていうもんじゃないですね。
うちが変えたというよりも世間が変わることのほうが多いです。
意識していつ何を変えたっていうことはないよね。
ずるずる変わってきてるっていう感じです。
──棚に並べる本を選ぶ上で意識されていることはありますか?
宍戸:選んで並べているんじゃなくて、まず扱わないものを先に決めて関係ないものはまるっきり置かないっていうことですね。
──他の書店では置かないものをあえて置いているのでしょうか?
宍戸:それも結果論ですね。
例えば、問屋(出版社から本を仕入れて書店に届ける取り次ぎ)が扱ってる本は全国どこの書店でも普通に売られていて、流通してるんですよ。
でもその流通ルートから外れていて直接交渉して仕入れるような本は、扱ってる書店が比較的少ないんです。
そういう直接仕入れるような本のなかで、うちの店で売れそうなものはなるべく扱うようにしてますけどね。
──三月書房さんではそういった他の書店では扱っていないようなものが売れる傾向にありますか?
宍戸:そういうものしか売れなくなってきてるんですよね。
どこの本屋でもあるような本は近所で買えばいいし。
一般に流通している本でも、そのうちの多くはちょっと待ったら古本屋で安く買えるしね。
──そうなんですね。三月書房さんは寺町通りに面していますが、客層はどういったかたが来られますか?
宍戸:お客様はやっぱり中高年が多いな。
といっても団塊の世代から上の人が倒れていっているので、常連のかたは減っていますけどね。
常連のかたは、あらゆるところからちょっとだけ来られます。
御池通りと丸太町通りの間には、骨董屋さんとかギャラリーが多くあるんです。
だから骨董や古美術に関心のあるかたが店の周りを歩かれることも多いですし、そういった美術系の本も少しは置いています。
──そうした美術系の本が三月書房さんでよく売れるということはありますか?
宍戸:専門にしているわけではないので、売れないこともないっていうくらいです。
うちは古本は一切扱ってないけど、こういう新本のバーゲン品はよく売れますね。
業界のルールが変わって、新本のバーゲン品がお店に並ぶように
──三月書房さんでは、他の書店では見られないようなバーゲン本(定価より安く売られている新本)が豊富に取り揃えられていると感じます。
どういった経緯でバーゲン本を置くようになったのでしょうか?
宍戸:新本のバーゲン品っていうのは何十年も前からあったんです。
とはいえ、書店が勝手に定価で売ることをやめて安く売るっていうのが出来なかったので、新本のバーゲン品はうちも扱ってなかったんですよね。
業界のルールが変わる以前は、出版社は値崩れしないように売れ残りをごみに捨てていました。
当時も一部バーゲン本はありましたが、三流の出版社が安売り用に作ってる本とか、つぶれた出版社の本しかなかったんで、うちらで売れるものがあんまりなかったんです。
でも業界のルールが変わったことで、新本のバーゲン品が扱えるようになりました。
自由な価格で安売りしてもいいと出版社が決めた本は書店が安売りできるっていう業界のルールに20世紀の終わりくらいから変わったんです。
出版社は売れ残りをごみにするのをやめて、安い値段でも専門の商社に処分するようになりました。
その専門の商社からうちが仕入れるんですよね。
なので安く仕入れて安く売るっていう別のルートなんです。
つぶれてない出版社がバーゲン本を出すようになってきたので、うちでも売れる本が増えてきたという経緯です。
──バーゲン本でよく売れるジャンルはありますか?
宍戸:やっぱりつぶれた出版社の本がよく売れますけどね、二度と手に入らんから。
つぶれてない出版社よりはつぶれた出版社のほうがどどっと売れますね。
今まで定価やったものが半額以下で買えるわけやからね。
だから短歌の出版社がつぶれたときは大量に売れましたね。
普段みんな短歌の本は高いなって思ってるから、つぶれたらここぞとばかりに買っていかれます。
──三月書房さんでは、短歌はよく売れるジャンルなんですか?
宍戸:うちはよく売れてますね。
世間じゃあんまり売れないから、それほど多くは揃えていないですけどね。
大型書店でもたくさん揃えるほどたくさん売れるかっていったらそう売れへんのでね。
──ブログを拝見させていただきまして、「天に唾する京都の書店」という記事が印象的でした。
実際に書店に足を運ばれ、各書店に関する批評をされています。
このような記事を始められたのはやはり出版業界の不況が原因でしょうか?
宍戸:そうじゃなくって。
ブログよりも前に、出版社向けの情報をワープロで打って紙に載せて提供していました。
京都の書店が今どうなってるかっていう情報は出版社に喜ばれるので、書店がつぶれたとか増えたとかいった情報を紙になるべく載せるようにしていたんですね。
次にそれをメールマガジンにして、ブログに仕立て直しただけなんです。
メルマガは今でも出しているんですよ。
だからブログに記事を載せたのが始まりではなく、出版社向けにつくった情報提供の紙がもとですし、もっと景気のよかったときからやっています。
──そうだったんですね。ブログ記事の「天に唾する京都の書店」では、各書店の短所を取り上げるなど、鋭い切り口かつ媚びない姿勢の文章が印象的でした。
宍戸:どちらかと言えば閉店の情報を多く載せていますが、まあ借金がないから好きなように書けるよね。
出版社やったら書店の悪口書けないですし。
あれでも結構遠慮して書いてるんやけどね。
取り次ぎのシステムがもう維持できなくなってきている
──三月書房さんは本の選書に定評がありますが、本に限らず漫画も置かれていますね。
宍戸:漫画も置いていますけどね。
いわゆるコミックスっていうのはほとんど売れない。
どこでも売ってるし、すぐ古本屋でも安くなるしね。
どっちかって言ったらハードカバーの発行部数の少ないような漫画が昔から売れるんですけどね。
あとはよその書店がコミックの棚に置かないような漫画はよく売れましたね。
──やはり昔はガロ系の漫画(漫画のジャンル。1970年代から80年代におけるサブカルチャーの代表であった。)が売れたのでしょうか?
宍戸:昔は売れましたね。
でも今はもう作者自体がガロの人らが死んだり、歳をとったりしてるから、ジャンルとしては終わってますよね。
ただ、店のホームページを始めたのが1999年で、オンライン通販を始めたのもそのころなのですが、その通販開始当初は漫画もよく売れました。
──そうなんですね。通販の売れ行きはいかがでしょうか?
宍戸:昔は良かったけどね。
でも今はよっぽど特殊なものしか売れなくなりました。
通販が好調だったのは10年くらい前までです。
あまり通販で売れなくなったのは、やっぱりアマゾンがいろんなものを置くようになったからかな。
といっても、アマゾンは便利なので文句言う気はちっともないんですけど。
──今、出版業界が不況ということですが、出版業界についてどう思われますか?
宍戸:出版業界の中にも業種が出版社、書店、取り次ぎの3種類あって。
まず、出版社があるでしょう。
出版社っていうのは編集能力があれば生き延びていく可能性はあるよね。
本がそれで売れるのかどうかは知らないけどね。
次に、書店。
今景気いいのか知りませんが、ツタヤとかヴィレッジヴァンガードとかはCDや雑貨も取り扱っていて、本だけを売ってるわけではないですよね。
それがうまいこといってるのか知りませんが、そのあたりは雑貨を売ったりすることでまだ生き残る可能性はあるね。
最後に、取り次ぎ。
出版社と書店の真ん中に取り次ぎ店っていうのがあって、これがネックなんですね。
取り次ぎは、今どんどん苦しくなってるんです。
もうすでに今は取り次ぎ店がほとんど壊滅状態です。
取り次ぎは全国に送料無料で、一昨日くらいに出た本が今日に届くっていうようなシステムなんですよ。
毎朝、取り次ぎは雑誌や本をドサッと届けて、売れ残りの本をバサッと回収していきます。
そのおかげで本が流通していきますが、その際本屋は1円も送料を負担しなくてもいい。
本や雑誌の量があれば売り上げがあるわけやけども、それがどんどん縮んできているので、取り次ぎのシステムがもう維持できなくなってきているんです。
取り次ぎ店は、戦後の出版社と書店の間で配送と集金を請け負ってたわけですが、その売り上げ自体が3分の2とかに減ってきてると、もたないわけですよね。
──なるほど。
出版流通において、取り次ぎの仕組みを維持することが難しくなっている現状があるんですね。
宍戸:今、書店ってどんどんつぶれてるんやけども、チェーンの本屋とかは、その取り次ぎ店の子会社になって生き延びている現状です。
本屋がつぶれると取り次ぎ店の売り上げがまた減って貸し倒れが起きてしまうので、とりあえず自分の子会社にしてるんですね。
それは今ここで決算したら何千億円かの赤字が出るのが分かってるので、先送りして景気が良くなるのを待っているという現状なんです。
しかし、まず景気が良くなりそうもないので、いずれ遠くないうちにまず取り次ぎ店がつぶれるでしょうね。
そしたら一度書店も出版社も、わやくちゃになる。
それが何年先か。
それかまだこのまま延々と先送りできんのかは僕らにはまだ分からないけど。
本の売り上げが落ちている理由は、若い人が減ったから
宍戸:こんなふうに書籍の売り上げが落ちているのは、やっぱり若年労働者の人口が減ってるっていうのが一番大きい理由ですよね。
1995年以来本の売り上げって落ち続けてるので、インターネットやスマホ、古本屋のせいというよりかは若年労働者(15~34歳の労働者)人口の減少が原因でしょう。
1995年だったらパソコンもやっと出だしたころで、ケータイなんかろくになかったし。
アマゾンなんてもちろんないですし。
それなのにその頃から本の売り上げが落ちているっていうのは、若年労働者の人口が減ったからっていうこと以外は考えられない。
──本が売れなくなったのは若年労働者の人口が減ったからというのは、どういうことでしょうか?
もう少し詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?
宍戸:本は特に人口の影響を受けるんですね。
たとえばとても気にいった食べ物とかだったら同じ人が1年に10個も20個も食べるわけやけど、本はどんなに面白くて気にいっても1人1冊以上は買わない。
少年コミックスとかの売り上げが落ちてるのも子どもの数が100万単位で減ってるからやもんね。
だから20年以上本の売り上げが落ちてる一番大きな理由は、若年労働者人口の減少ですね。
出生率って下がってる一方なんで20年ぐらい先までは戻る見込みないよね。
今年からもし赤ちゃんの人口が増えたとしても、それが反映するのは20年先やから。
それまでは高齢者が増えていく一方です。
──なるほど。
宍戸:でまあ、ここ何年かは急速に雑誌がインターネットに食われてしまっています。
雑誌というのは、月刊雑誌とか週刊雑誌とかですね。
それ以前は日本中で本とか漫画よりも雑誌のほうがたくさん売れてたんやけどね。
今もう雑誌のほうが売れなくなってきたので、それで出版社や取り次ぎ店が困ってる。
雑誌っていうのは、毎日毎週決まった量がドドドッて出てくるんで、それでトラックを長期契約できるんです。
そのトラックにはこれから売る本も乗ります。
また返品する本もトラックに乗って回収されていきます。
本を配送するトラックのベースになるのが雑誌ですが、その雑誌がリーマンショック以降急速に落ちてるんです。
その落ちてるっていうのは売れないっていうよりも、広告が入らなくなったんよね。
雑誌っていうのは普通の本と違って、ページの半分くらいが広告なわけです。
でも広告は雑誌よりインターネットのほうが良いってなりだしてきたので、雑誌、出版社に広告が集まらなくなってきたんです。
だから雑誌をメインにしてた出版社はものすごく苦しいし、出版流通っていうのは雑誌がメインだったので、システムを組み直さない限り、立ち直りそうもない。
──広告を雑誌に載せてもらえなくなった理由としては、インターネットの台頭が挙げられるということですね。
宍戸:不況もあるけども、インターネットの広告のほうが効率が良いっていうのが大きな理由じゃないかな。
企業の広告費っていったら大体年間予算があって、それをどのメディアにどう割り振るかっていうのを決めていたんです。
昔はテレビと雑誌と新聞くらいに割り振ってたところに、インターネットっていうのも食い込んできて、どんどんどんどん食い込まれてきたっていうのが1番大きいですね。
あと、雑誌自体が売れないと広告出す値打ちが無い。
広告を出す側も雑誌が50万部売れてるときは100万部売れてたときの広告費の半分にするのが当然ちゃうかって出版社に対して思うよね。
だから広告出してもらっても単価が下がるし。
そしたら雑誌ごとつぶれる。
ファッションの雑誌とかどんどんつぶれてるよね。
週刊誌とかああいうのは広告の入りがどんどん悪くなっています。
新聞もそうやけどね。
だから昔は載せなかったような怪しい広告を載せるとかいうことが新聞なんかじゃ起きてますよね。
でもそんなことをしたら、まともなスポンサーがまた逃げていくという悪循環につながります。
──広告媒体の変化や、スポンサーの変化が見られるということですね。
宍戸:雑誌なんていうのは売り上げ以前に広告が入ってそれで経費がまかなえて、売れたら初めて儲かるっていうシステムやったんですよ。
雑誌は売り上げだけで成り立たないからね。
それ以外にも雑誌出したらそれは赤字でも、雑誌の中の連載小説を単行本や文庫にしたら元とれるとかそういう役割もあるんやけどね。
そういう回転も難しいよね。
これからも三月書房らしい本を並べるだけ
──古本屋はどういう現状なんでしょうか?
宍戸:古本屋も景気はちっとも良くないみたいやけどね。
インターネットの古本屋サイトがあって、相場がもう素人でも分かるようになってしまったからね。
だから値段が安いほうにぴっしり揃ってしまって、お店によって商品を高くしたりということが全然できなくなってる。
残ったのは美術専門とか、考古学専門とか、そういう専門のある古本屋です。
そういうとこは強いよね。
新刊の本を並べた書店よりも、そういった専門のある古本屋のほうがよっぽどレベルが高いから。
それ以前に、大したことのない古本屋は全部つぶれたんですよ。
大量消費の時代に、大学の横で去年の参考書を売ってたような古本屋は全部つぶれました。
といっても、京都には古本を扱う本屋が結構あります。
古本も、バーゲン本も、雑貨も、ギャラリーもコーヒーも全てやっているような新刊書店だってありますよね。
今、それだけしないと新刊書店って成り立たない。
──やはり新刊書店が残っていくにはいろいろやる必要があるんですね。
宍戸:そりゃそうですね。
でも本屋よりもCDショップのつぶれ方のほうがもっとひどいけどね。
近頃は音楽が無料で聞けるようになってしまって、みんなほとんどCDを買わなくなった。
その点では、出版業界はCD/レコード業界よりは少しだけマシでしょうかね。
──今後の展望はありますか?
宍戸:それはもう何にもないですね。
今のままで、うちなりに売れそうな本を並べるしかないんで。
こっちがこう決めてお客を従わすっていう商売でもないからね。
インターネットのおかげで情報の流通も品物の流通も昔より良くなってるからね。
昔は出版社に電話とかハガキとかで注文しなきゃいけなかったけど、今はインターネットでできる。
だから便利になりましたよね。
──本日は取材をさせていただきありがとうございました。
三月書房のお店についてだけでなく、出版業界の現状についてお話を伺うことが出来て、大変貴重な時間を過ごさせていただきました。
宍戸:ありがとうございました。
編集後記
三月書房では、店主の宍戸さんに本のおすすめをお願いしました。
宍戸さんは、「自分は人に本をすすめたりはしないんやけど。」と前置きをされた上で、1冊本を紹介してくださいました。
ご紹介いただいた本は、グレゴリ青山著『京都トカイナカ暮らし』(集英社インターナショナル)というコミックエッセイです。
私が漫画好きということもあり、このコミックエッセイをご紹介いただいたのではと思います。
著者のグレゴリ青山さんは、店主の宍戸さんと交流があるということをインタビュー当日に伺いました。
『京都トカイナカ暮らし』では、ゆるい絵柄で京都の穴場スポットなどが詳細に伝えられており、楽しく読み進めることができました。
この本では、京都で暮らす著者ならではの視点で京都の様々なスポットが紹介されています。
この本の中では三月書房も取り上げられており、宍戸さんも漫画の中に登場していて、その描かれ方に思わず笑ってしまいました。
今回のインタビューでは、三月書房のお店の話を伺いました。バーゲン本を扱うようになった経緯など、とても興味深い話をお聞きすることができました。
また当初は書店のお話のみを伺う予定でしたが、インタビューの中で、出版業界の現状についてもじっくりお話を聞くことができました。
どのようなシステムで出版流通が成り立っているのか、なぜ今本が売れなくなっているのかなどを、出版事情に詳しい宍戸さんからわかりやすく説明していただき大変嬉しかったです。
ありがとうございました。
★三月書房
場所:〒604-0916 京都府京都市中京区寺町通り二条上る 要法寺前町721
営業時間:12:00~18:00(火曜・定休)