旅で見つけたのは自信と時間。若手職人が自分の漆器ブランドをつくるまで
2017年5月、京都市でアウトドア漆器ブランド「erakko(エラッコ)」がスタートしました。
立ち上げたのは28歳の漆職人・柴田明さん。
彼は会社を辞め、漆職人である父の工房を継ぐことにしました。
漆だけにとどまらず、独学で木工を勉強し、新しいブランドを立ち上げます。
柴田さんがerakkoをはじめたきっかけとは?
こんにちは、Wa!編集部の鈴木です。
先日、ものづくりのプレゼンに参加したときに、参加者をひときわ引きつけたものがありました。
それが、erakkoの「おとも椀」です
このプロダクトが生まれた背景のプレゼンがとってもおもしろく、erakkoのことを多くのひとに知ってもらいたいと思い、取材にうかがわせていただきました。
取材には、柴田さんの工房の近くに住んでいた稲本朱珠さん(緑と星)とうかがってきました。
稲本さんも、ぼくと同様に柴田さんのプレゼンを聞いて、ファンになってしまった一人です。
ひょんなことから自転車旅へ
鈴木:クラウドファンディング、始まってすぐに達成ですね! おめでとうございます!
柴田:ありがとうございます!
稲本:今日は、erakko(エラッコ)が生まれた背景について、詳しくうかがえればと。
会社を辞めて、お父さんの仕事を継いだそうですが、それまではどんな仕事をされていたんですか?
柴田:大学卒業後は、京都の風呂敷メーカーで働いていたんです。
内勤で、遠方のお客様に電話やメールで連絡をとる、といった営業をしていました。
稲本:もともと風呂敷が好きだったんですか?
柴田:働くまではそこまで好きではなかったんですけど、もともとプロジェクトXとか、熱き職人たちのストーリーみたいなのが好きで、そういうものを広める仕事をしたいなぁと思って、風呂敷メーカーに入社しました。
そこの会社では、新しい、いろんな風呂敷の使い方を提案していたので、おもしろいなぁと。
風呂敷のことはとても好きになりましたね。
ただ、ずっと会社のなかで働いているうちに、このままでいいのかなぁと不安に思うようになって、少しずつ働く意欲が低下してしまい、入社から2年3か月で辞めました。
稲本:きっぱり辞める決意ができたのって、すごいですね。
柴田:当時付き合っていた彼女に、「会社辞めて自転車で日本一周しようかな?」とポロッと言ったんです。
そしたら「ええやん!」って。
稲本:ええっ!
鈴木:いい彼女っ!
柴田:たまたま世界一周したひとの本を読んだところで、本当はそこまで行くつもりはなかったんです。
まさか彼女が背中を押してくれるなんて思ってなくて、「お・・・行くわ・・・」って。
会社を辞めることは怖かったし、働く意欲が低下していた時期だったから、辞めて転職できる気もしなかったですし。
「言うてもうた・・・」って感じでした。
会社辞めてから2か月ぐらいは悶々としていて、出発する日の朝に、その彼女と「じゃぁ。お互いいい人生を歩もう」
ってさよならをしました。
鈴木:んん・・・!?
稲本:ホントにさよならしちゃったんですか?
柴田:はい。未練とかはなくて、そのときは自分の人生をどうしていこうってことしか考えられなかったです。
鈴木:旅の初日からドラマチック。
それだけ大きな決断だったんですね。
張りと、あそび
稲本:自転車の旅はどこに行ったんですか?
柴田:京都を出発して、まずは西へ。関西、四国、九州と。
鈴木:ちゃんと四国も行くんですね。すごい。
柴田:いやぁ、すごくないんですよ。
時間があればだれでもできるんですけど、みんな時間がとれないだけなんですよね。
稲本:自転車旅って勝手に野宿のイメージなんですが、ちゃんと寝られるものなんでしょうか?
柴田:どうしても疲れたときはビジネスホテルに泊まることもあります。
昼はめっちゃ自転車こいでるんで、夜はよく寝れるんですよ。
いままでに味わったことのない眠りへの落ち方でした(笑)
鈴木:旅にいくまでは悶々としていたと言っていましたが、旅をはじめてからはどうでしたか?
柴田:仕事を辞めて、身分もないし、まわりの評価も一切ないんで、本当の自由でしたね。
自由を満喫するにもコツがいるんやなぁってことが初めてわかりました。
「張り」と「あそび」のバランス、これが大事なんですよね。
自転車やバイクのチェーンと同じです。
「張り」が強すぎると、ちょっとした段差とかの衝撃で切れてしまう。
「あそび」がありすぎると、ユルユルになってしまって全然進まないんです。
会社を辞めてから旅にでるまではユルユルのグダグダで、旅を始めてから張りのある生活になって、「張り」と「あそび」のバランスって大事なんやなぁって。
稲本:もともと自転車旅が好きだったんですか?
柴田:それまで自転車旅はしたことなくて、自転車はそのときに旅用のを買いました。
大学生のときはバイクで無計画の旅をよくしていましたね。
若いうちにしかできないことをしたいなぁと。
バイクで日本一周は定年退職してからでもできそうだけど、自転車は体力のある若いうちだけしかできひんなぁって。
稲本:柴田さんを動かしているのは、遠くに行きたい欲とか冒険したい欲なのかなと感じたのですが、それは昔から?
柴田:ありましたね。
そんなに遠くではないですけど、友達と自転車で京都府外に出かけたり。
高校のときは授業さぼって、学校抜け出して裏山で遊んでましたね。
100均の工具で木を切って、秘密基地みたいなのをつくってました。
鈴木:学校の裏山で遊ぶなんて、ドラえもんの世界ですね(笑)
稲本:日本一周の旅から帰ってきて、お父さんのお仕事を手伝い始められたんですね。
柴田:いえ(笑) その旅から戻ってきてすぐに大阪の会社で働きました。
ぼくは3人兄弟の末っ子で、3人とも父から継げという話をされたことはありませんでしたが、父が心臓を患って、手術や入院があり、それをきっかけに父の仕事を継ごうと大阪の会社を辞めました。
鈴木:そこから修業が始まるんですね。
柴田:いえ、大阪の会社を辞めて、もう一度自転車の旅に行きました。
北海道までフェリーで行って、ちょろちょろしてから、本州をくだって京都まで帰ってきました。
鈴木:めっちゃ旅しますね!
柴田:人生の楽しみですね。
2回目の旅から戻ってきて、父の仕事を手伝い始めたのが1年半前です。
自信がなかった24年間
柴田:1回目の自転車旅は、ちょうど10ヶ月でした。
途中でみかん農家さん、蕎麦屋さん、親戚の和菓子屋さんに居候して働かせてもらったので、ペダルを漕いでいたのは半年ぐらいですね。
稲本:和菓子をつくっていたんですか?
柴田:そんなこともしていました。
和菓子屋さんは親戚だったから居候しやすかったのですが、みかん農家さんはまったく知らないひとで、同世代の子どもがいました。
最初にそのご家族に紹介されたときは気まずかったですね。
「今日からこの子がホームステイするから」って(笑)
鈴木:それは気まずい・・・(笑)
柴田:誰やねんってなりますよね(笑)
鈴木:どうして居候しようと?
柴田:「初めて入った会社には、最低でも3年は続けなさい」と世間一般で言われてて、ぼくは3年たたずに辞めてしまったことがツラく、自分は働いた経験が少ないという劣等感というか、焦りがありました。
辞めるときもエネルギーが必要だし、辞めてからも辞めた事実が重くのしかかっていたんです。
せっかくなら旅の途中で働く経験をつもうと思って、いろいろな場所で働かせてもらいました。
本当に旅にでてよかったって思います。
稲本:劣等感や焦りにも、折り合いがついたんですね。
旅にでて何かかわりましたか?
柴田:たぶんですけど・・・、ひとりの人間として自信がついたと思います。
それまで、まわりの評価を気にして生きていました。
3人兄弟の末っ子で、兄たちには力でも、言葉でも叶わない。
だんだん言いたいことを言わなくなっていて、劣等感も強くなって、自信がもてなくなっていました。
そのことに気づいたのはハタチを過ぎてからで、ハタチを超えたら人格なんてできあがってるし、もう変われないと思っていたんです。
旅先では、自分のことをだれも知らない環境にいて、まわりの評価とか何もないんですけど、働かせていただいたところで、「ええやん、やるやん」って言ってもらえることでそれが少しずつ自信にもなりました。
村上春樹の小説で、主人公が井戸の底でバッドを持ってじっとして過ごすシーンがあるんですね。
のぼり詰めるときはトコトンのぼりつめて、いまはそのときじゃないって場合は、何かが見えるまでひたすらじっとしている。
旅はまさにそんな時間で、何もない状況だからこそ、見えてくるものがありました。
自転車でずっと外に外に進んでいたけど、気持ちは内に内にかえっていく。
旅が終わってから気づいたのは、自分のまったく知らなかったところで、自分の新しい人格がつくられていたということです。
10か月でこんな面ができてたのか!って。
鈴木:人格は変わらないけど、新しくつくることができたって感覚なんですね。
柴田:その10か月があったので、大阪の会社を辞めて父の仕事を継ぐときも「なんとかなるだろう」って思えました。
稲本:技術でもなく、知識でもなく、erakkoを自分のものとして世に出す自信がすごいなあと思ってたんですけど、旅からの自信だったんですね。
時間と体力はつかっても、気持ちがラクなほうを
鈴木:erakkoはどのように誕生したんですか?
柴田:父の仕事を手伝ってみて、いまの伝統産業の状況を知りました。
漆器って分業制で、木を削って形をつくる、下地を塗る、漆で仕上げる、という一つひとつの工程に職人がいるんですね。
正直、請負の仕事だけではやっていけないなぁと感じ、自分には何ができるだろうというのを考えて、分業制とは違う方法でやってみよう、ぜんぶ自分でつくってみようと。
分業制が悪いという話ではなく、分業制はそれぞれのエキスパートが力をあわせるので、とても素晴らしいものがつくれます。
ただ、ぼくはそれ以外の方法も試してみたかったんです。
旅の残りの貯金をすべて使って木工の機械を買いました。
もちろん、使い方を教えてくれるひとはいないので、ネットで刃物の選び方・使い方を調べて、あとは自分でやりながら学びました。
稲本:最初から器(うつわ)をつくるって決めていたんですか?
柴田:最初は特に決めていなくて、お香入れとかも考えていましたが、応量器(おうりょうき)というお坊さんが旅にいくときに持ち運ぶ、重ねられる器をつくりました。
鈴木:おお! かっこいい。
柴田:ただ、これだと和っぽすぎるので、和から抜けだすにはどうすれば・・・と。
最初の半年は、機械の使い方を勉強したり、木材の仕入れ先を探したり、試作をしていたんですけど、ひとりではどうにもならなくなって、京都市産業技術研究所の竹浪さんに相談して、ふたりの企画が始まりました。
鈴木:竹浪さんの話も気になりますが、柴田さんの木材の探し方から教えてください。
柴田:大学のころにバイク旅をしていたので、記憶をたどって、あの地域に木材屋さんがありそうだな・・・って目星をつけて、バイクで探しにいきました。
鈴木:やばい(笑) 21世紀とは思えない方法ですよね。
柴田:知人にも、ネットで調べてメール送ったらええやんって言われるんですけど、それって業務っぽくてワクワクできないんです。
とはいえ、いきなりバイクで材木屋に行って「すみません、木が欲しいんですけど」っていうのも、人見知りなんで嫌なんですけど・・・。
でも、メールや電話で連絡をして木材を手に入れるよりも、バイクで走りまわって探すほうが、時間と体力はつかうけど、気がラクなんですよね。
稲本:木材ってどの状態で買うんですか?
柴田:これもすでに切ってもらってるんですけど、ほとんどこの状態です。
いま、木材は3種類を使っていて、ケヤキとヤマザクラとカエデがあります。
稲本:どう違うんですか?
柴田:ケヤキは環孔材(かんこうざい)といって・・・
(インタビュアーのふたりが木材に没頭しすぎて30分ぐらい脱線したので割愛します)
柴田:木の種類はこれからもどんどん増やしていきたいです。
木のもつ個性を活かして作りたいですね、器にするとその違いがはっきり出てくるんで。
会社的なものづくりだと、世の中のニーズをひろってひろってカタチにするのが一般的だと思うんですけど、自分ひとりではそれができないので、自分がとことん、これだと思えるものをつくろうと思ってます。
そしたらきっと気に入ってくれるひとが一人はいるんじゃないかって。
目で見て体で感じる「時間」
稲本:ブランドをはじめるときに「旅」というコンセプトは最初からあったんですか?
柴田:ありましたね。
持ち運びが簡単にできて、ちょうどいい感じのものを探していたんですけど、いいのがなくて、自分でつくればいいのかって。
時間泥棒のモモって知ってますか?
稲本:知ってます! わたしめっちゃ好きなんです。
中学生のときにあれを呼んだのがきっかけで時間に興味をもって、アインシュタインの相対性理論とか勉強しました!
鈴木:モモ? ピンクのくまのこと?
稲本:読んでないんですか? その本貸すんで読んでください!
柴田:ぼくは旅の途中で読んだんですけど、本の中で「時間とは本来こころで感じるものだ」というのがあるんです。
その通りだなぁって。
旅して屋外にいると、太陽が昇っていったり、夕日が沈んでいったり、時計をみなくても時間を感じることができるんです。
夜は焚火の日がだんだんと小さくなっていくのを、目で見て実感して時間を感じるんです。
その体験から、erakkoには「ゆったりと静かに流れる時間があることを忘れないように」という想いを込めました。
稲本:erakkoは時間だったんですね。
ファン第一号の竹浪さん
稲本:全工程をおひとりでされていますが、デザインやロゴとかってどうしてるんですか?
柴田:器のデザインは「これだ!」という原型を産業技術研究所の竹浪さんと相談しながらつくって、それを3Dスキャンにかけて、型をとっています。
鈴木:でた! キーパーソンの竹浪さん。
柴田:竹浪さんはアウトドアがすごく好きで、「頑張ってくれ」って積極的に力を貸してくださって。
ぼくはひとりで考えていたとき、すごい行き詰っていて、ブランドネーム、コンセプト、ロゴもすべて竹浪さんと相談しながらやりました。
竹浪さんのおかげで、ぼくはものづくりに集中することもできましたね。
erakkoというブランドの8割は竹浪さんの協力でできています。
ぼくの想いをカタチにしてくれた恩人です。
稲本:erakkoの1人目のファンですね。
柴田:竹浪さん曰く、漫画家と編集者の関係だと。
竹浪さんと信頼関係もあったので、竹浪さんの提案に対しても自分の意見をしっかり伝えることができました。
もし竹浪さんじゃなかったら、めちゃくちゃ仕事ができる年上のひとに、自分の意見や考えを言うなんてできなかったと思います。
稲本・鈴木:竹浪さ~ん! 会ってみたい。
稲本:これからは自分のブランドと、お父さんの職人仕事を手伝うという感じですか?
柴田:そうですね。理想は半分半分でできたらいいのですが、いまはクラウドファンディングでたくさん注文していただいているので、自分のブランドに力を注ぎます。
それがきっかけで、企業のかたから新しい仕事のご依頼をいただけるかもしれませんし。
このあと、柴田さんに実際に木工の機械を使って作業を見せていただきました。
工房の隅には、今までの練習してきた器が積まれていました。
その奥にある機械も最初は扱い方がわからなく苦戦し、一時期はこの機械の音を聞くだけで心臓がいたくなったとか・・・(笑)
柴田さんご自身が感じていた劣等感を赤裸々に話してもらいましたが、本当はこういうのひとには言いたくはないことですよね。
それを言えるのは、言えるようになったのは、自転車旅で出会ったひとたち、そしてerakkoを一緒につくった竹浪さんのおかげなんだなぁと。
インタビューのときに、柴田さんは何度も「ひとりではerakkoはつくれなかった」とおっしゃっていました。
erakkoには「孤独も愛する器。」というキャッチコピーがあります。
いろんなひとに支えられて自信をつけた柴田さんの器は、だれかの孤独な挑戦を応援するものなのかもしれません。
erakkoの「おとも椀」の先行販売はクラウドファンディング「Makuake」で予約購入ができます。
●erakko(エラッコ)
http://erakko.sakura.ne.jp/
●職人が木と漆で作るアウトドア漆器ブランド、erakkoの「おとも椀」先行販売!
https://www.makuake.com/project/erakko/