「人とのつながりを感じながら働きたい」 おにぎりをとおして人と出会う、青おにぎり(1)
会いたい人と好きな場所がふえることで、今いるこの場所をもっと、好きになれるんじゃないだろうか。
「自分の住む街のことを知りたい」と思って始めたこの企画。京都の気になる人や場所を訪ねていきます。
第2回 「人とのつながりを感じながら働きたい」
(インタビュー 青松としひろさん)
はじめに。
カウンター越しには、真剣な顔でおにぎりをにぎる、青松さんの姿。
店内にはすでに、何人かのお客さんがいた。土曜日だからだろうか。まだ夕飯には早い時間にもかかわらず、絶えずお客さんがやってくる。
青松さんは、手を休める暇もなく、おにぎりをにぎる。
青おにぎりを訪れたのは、過去にインタビューをした方に、「こんな面白いお店があるよ」と、教えていただいたからだった。
おにぎり専門店。
そんなお店があるのを、私は初めて知った。でもなんだろう。あまりイメージができない。おにぎりは家でつくるものだと、思い込んでいたのかも知れない。
お店でおにぎりを食べるって、どんなかんじなんだろう?
カウンターを前に席に着いた私は、メニューを選ぶ。
青鬼の爪? 赤鬼の身? こんなネーミング、おにぎりの具で見たことない。
定番のうめ、しゃけ、おかか。クリームチーズたらこに、キーマカレー? わくわくしながら、おにぎりふたつと出し巻き玉子を注文した。
「青鬼の爪」はピーマンとじゃこに、ピリッとした辛味がなじむ。
美味しい。ただのおにぎりだと思っていたのに。どうしてだろう。身に染みるようだなあ、なんて。私は、黙々とおにぎりを食べる。青鬼の爪としゃけと出し巻き玉子。ぺろりとたいらげると、気づけば追加の注文をしていた。
「玄米のおにぎりと、出し巻き玉子ください!」
店内には、外国人のお客さんもいた。小さい子どもからお年寄りまで、青おにぎりには様々なお客さんが訪れる。
なんだかほっとするなあ。初めてきたお店なのに。
みんながカウンターに並び、おにぎりを食べる。小さな子どももおじさんも、みんなおにぎりを食べる。
その光景を、なんだかかわいいなあ、なんて思う。
どうして青松さんは、「おにぎり」を選んだのだろう?
今も昔も、おにぎり専門店というのは、珍しいものに思える。お店でおにぎりを食べる、ということに馴染がない人も多いんじゃないだろうか。
「これを自分の仕事にしたい」と思っても、それを社会の需要に組み込めなければ、食べてはいけない。周囲にあまり浸透していないものを、どうやって仕事にしていったのか。
青松さんは、どのように自分の思いをかたちにしてきたのか。
その日眠りにつくまで、たくさんの「?」が頭に浮かんだ。
考える一方で、思い出すのはおにぎりのこと。
赤鬼の身。油揚げおかかに、鮭みそも。定番のうめも気になるなあ。
ああ、おにぎりが食べたい、なんて。もう恋しくなっていた。
「人とのつながりを感じながら働きたい」(1)
自分のやりたい「何か」を探して。
「自分の力、人力っていうのにこだわって、アナログで、人を感じられる何かがしたかった」
青松さんは、大学在学時に人力車のアルバイトをしていて、そんなことを考えるようになったと言う。
一枚の写真を見せてもらった。長い年月の経過を感じさせる、色褪せた写真。お客さんと一緒にうつる青松さんの笑顔には、まだ幼さが残っていた。
人力車のアルバイトをしていると、自分が乗せたお客さんが、後日、手紙や写真を送ってくれるということが度々あったそうだ。
「自分がやったことがダイレクトに人に喜んでもらえるというのを、すごく感じた3年間ですよ」
アルバイトに熱中するあまり、大学を1年休学することになったというが、その日々のなかで、自分の気持ちが見えてきた。自分は、これから何をしたいのか。
このまま人力車の仕事を続けたい。そう思うときもあったが、やっぱり、自分で何かしてみたい。そんな気持ちが膨らんでいった。
何か、何か、ないだろうか。
自分はカレーが好きだしカレー屋がいいんじゃないか?
(好き過ぎるあまり、卒業論文は、日本人のカレー愛について書いたという青松さん)
でも、大学を卒業したところで、すぐにお店を始められるわけではない。新卒でしか入れない企業だってあるのだから、人生の経験として、一度くらい企業に入ってみるのもいいんじゃないか。
青松さんは大学を卒業すると、飲食関係の企業に入社した。新入社員として代表の挨拶も任され、上司にも期待されていた。
それなのにまさか、1か月で辞めるだなんて。自分でも思っていないことだった。
きっと2、3年は勤めるだろう。長く働くつもりは最初からなかったというが、それでも、何年かは勤めるものだと思っていた。
会社がお客様に対してかかげる理念は素晴らしい。でも実際に中を覗けば、キレイな言葉はたくさんの見たくないものをはらんでいた。
どこの会社でも、多かれ少なかれ、そういう面はあるのだろう。どこかで折り合いをつけて進んでいけば、悪というものではないのかも知れない。でもその言葉を信じて入った、若かりし頃の青松さんには、耐えられないものがあった。
「1か月で辞めたやつが、次にどこの企業で雇ってくれると思う?」
上司にひきとめられても、青松さんの気持ちは変わらなかった。
俺は、自分の力で生きていってやる。
理想と現実の差にぶつかった青松さんは、悔しい気持ちでいっぱいだった。
泣きながら、悔しい気持ちを胸に、会社を後にした。
そして旅へ。
「弟子にしてください!」
会社を辞めた青松さんは、カレー屋をするべく、修行をしようと考えた。
大阪に、青松さんが憧れるカレー屋があった。その店の、「ライブ感が好きだった」と言う。
あらかじめ作ってある、カレーのベースを小鍋にうつし、そこにスパイスを加え、ひと皿ずつを仕上げていく。黄色に赤にと、色とりどりのスパイスが鍋に入り、目の前でカレーが完成されていく。
ここで働きたい。そう思って頼みこんだが、「うちは小さなお店なので」と断られてしまった。
ここで修業をしたい、というようなお店は、ほかに思い当たらない。じゃあ、これからどうするのか。
「旅をしたい」
カレー屋をしたいと思う一方で、青松さんにはもうひとつ、やりたいことがあった。
世界中を旅して、自分のこの目で色んなものを見てみたい。いつかは旅に出たい。大学生のときから、思い続けていたことだった。
もしこの先、自分でカレー屋を始めたとして、そうなるともう、気軽に旅には出られなくなるだろう。いつかは、と思っていたけど、行くなら、今しかないんじゃないか?
旅に行こう。そう決めた青松さんは、資金を貯めるためアルバイトをすることにした。
時給がいい。そんな理由もあって、上京し、東京のカレー屋でアルバイトを始めた。知り合いの家に居候をしながら、日々働く。仕事は、皿洗いや掃除、接客など、実際にカレーを作ることは出来なかった。
でも、「カレーは、いっぱい食べました」と、青松さんは笑う。
1年間、必死に貯めたお金をにぎりしめ、青松さんは旅に出た。
中国、チベット、ネパール、インド、タイ、シンガポール、マレーシアなど、たくさんの国を旅した。
「世界一周をすれば、何かできる」
そんなことは思っていなかった、と青松さんは言う。ただ、自分が見たことのない景色を見てみたかった。世界を旅してみたかった。自分にはない何かが、見つかるかも知れない。
旅をするなかで、カレー屋をするためのアイデアを練ろう、とも考えていた。そう思い、インドやタイなど訪れる先で、青松さんはカレーを食べた。でもそうしてカレーを口にするたび、気持ちが高まっていったかというと、そうじゃなかった。
これでいいのだろうか?
青松さんは悩んだ。漠然と、カレー屋をしたいと思っていたが、ほんとうに、それでいいのか? 美味しいカレー屋は日本にも海外にもすでに、数えきれないくらいある。それと同じようなことをしたとしても、自分が思うものには、ならないんじゃないだろうか。
自分はこれからどうしていきたいのだろう。
旅の途中、青松さんは、自分の進みたい道が分からなくなっていた。
(次回へ)
「人とつながりを感じながら働きたい」(2)